今野英一はまだJリーグがなかった1990年にブラジルに渡り、10を超えるチーム以上プレーした後、引退後は神奈川県でブラジル式育成クラブ「COJB」の代表を務めている。自身の経験を還元したCOJBでは、クラブの代表として15人以上の日本人選手をブラジルの地にプロ選手として送り出すことに成功し、ブラジルサッカー界との繋がりも深い。
COJBのOBの中には、Jリーグの下部組織で育つがトップ昇格が叶わなかった選手も多く、今野の指導を受けて「いままでの指導にないもの」と称賛し、今野のもとでプロとしてデビューを果たす選手も存在する。
今野の選手時代の実績に目を向けると、ブラジル全国選手権1部でプレーしたたった2人の日本人として記録されており、元セレソンのフランサや1998年のフランスワールドカップ準優勝メンバーであるゼ・カルロスらとチームメイトとしてしのぎを削るなど、輝かしい経歴を持つ。
「日本人の蹴るボールは四角い」そんなブラジル流の揶揄が頻繁に聞かれた1990年から、常に挑戦者としてブラジルサッカーと向き合ってきた今野が描くブラジルに像に迫った。
‐1990年代のブラジルはどんな国に映りましたか?またどんなサッカースタイルでしたか?
今野英一(以下:今野)とにかく日本人がグラウンドに立つと、ケラケラ笑われるような時代でした。ジャポネーゼ(ジャポネース)にボールが蹴れるわけがない、と。
施設や環境面でも、汚い、狭い、給料は安いと、決して良い環境と言えるものではありませんでしたね。ただサッカーだけに打ち込める環境は、ブラジルならではでした。現在でもブラジルに行った際、施設や環境面に見るようにしていますが、1部のビッククラブは年々良くなっていますが、そうでないクラブは当時とあまり変わりませんね。
スタイルに関しては、とにかくテクニカルな選手が多いというイメージでしたが、実際プレーをしてみると決してテクニカルな選手ばかりではない。しっかりとデイフェンスをする選手もおり、プレーの役割分担がはっきりとしていました。当時は4-3-3のウイングシステムが主流で、特にドリブルでサイド切り裂くプレーが観客には好まれましたね。
‐当時プロリーグがない国の選手が、サッカー大国でプロ選手としてのキャリアを築いていくというのは非常に困難なことだと思いますが。
今野:ブラジル人にお金を払って環境を得るをすることは簡単ですが、ブラジル人からお金をもらって環境を得ることはその何百倍も難しいです。
実際私もプロ選手になったばかりの当初は、最低給料の3倍程度の給料(当時のレートで月額35,000円程度)に勝利給を加えても微々たるものでした。
だから、日系人の人達に頼み込んで泊まりこみで練習に通わせてもらったり、水道もまともに出ないようなファベイラの一角(ブラジルのスラム街)に住んだこともあります。
キャリアを積んで、最終的には勝利給も含め月額100万程度の収入を得ることができましたが、外国人選手としては極めて稀なケースだと思います。
ブラジルサッカーは、最初の間口が驚くほど狭く競争も困難ですが、一度選手として認めれれるとチーム選択も含め、より良いキャリアを描くチャンスが広がっていました。
‐ブラジル式育成を掲げる「COJB」の特徴を教えて下さい。
今野:真剣にブラジルでプロを目指す人に、そのための道を提示できることです。私の選手時代の所属クラブとの関係性はもちろん、OBも15名以上がブラジルでプロ契約を果たしています。
長年培ったノウハウと、現地スタッフからの情報網を活かして『プロ選手になる事、少しでもプロに近づく事』という個々の目標に向って、実践的なトレーニングメニューに組みます。
もちろん現実は厳しく、夢叶わずプロになれない選手が大半を占めますが、技術も含め懸命にサッカーに取り組むことで、指導の中で人間性の向上にも尽力しています。
‐育成世代にを指導する際に気をつけていることはありますか?
今野:サッカーしかできない人間になって欲しくない、と常々思っています。COJBでは、中学校を卒業してブラジルに挑戦する子供達も存在します。若い世代のサッカーの技術力には昔より格段に進歩していますが、人間力に関しては疑問符が付くというのが私の考え方です。
当然選手を引退してからの人生のほうが長いので、サッカーを通じて、またCOJBを通じて当たり前のことを当たり前にするということを徹底して指導しています。挨拶、社会常識、人間関係の作り方、サッカーを通じて学べるものはたくさんあるという考え方も、ブラジル式と言えるでしょう。
経歴集:
横浜商科大高校→ジュベントスFC→アメリカFC→Cアトレチコ・ミネイロ→ヴェンダノーヴァFC→ECサンジョゼ→
ECキンゼデジャウー→ECサンジョゼ→CAペナポレンセ→イトゥアーノFC→ベルマーレ平塚→ECサンジョゼ→ECタウバテ
COJB公式HP:http://www.mundo-do-cojb.com/index.html
この内容の書き下ろしが「南米と日本をつなぐ者達」(ギャラクシーブックスより6月頃出版予定)に収録されます。
(文・写真 栗田シメイ Twitter:@Simei0829)