2013年10月15日は、ボスニア人だけでなく、セルビア人にとっても忘れられない1日となった。ユーゴスラビアからの独立宣言から21年。“旧ユーゴ圏で最も帰属意識が薄い国”と評された、クロアチア人、セルビア人、ボスニア人の3民族から形成される連邦国家ボスニア・ヘルツェゴビナは、ヴェダド・イビシェビッチのゴールで敵地でリトアニアを1対0で下し、独立後初となるFIFAブラジルワールドカップ本大会への出場を決めた。
セルビアのスポーツ専門チャンネル『Arena sport』は、ピッチ上で喜びを爆発させるボスニア代表の面々を映しだした。同時に、2011年にFIFAとUEFAから資格停止処分を解除するためボスニア・ヘルツェゴビナサッカー協会の「正常化委員会委員長」に就任するなど、祖国のため献身を尽くしたイビチャ・オシムの涙をセルビア中に配信した。
ボスニア・ヘルツェゴビナが歴史的快挙を達成した同時刻。セルビアの首都ベオグラードに本拠地を置く、FKレッドスター・ベオグラードのホームスタジアム「スタディオン・ツルヴェナ・ズヴェズダ」からすぐの近くのスポーツBarには、セルビア代表ユニホームに袖を通した20人を超えるレッドスターサポーター達が集まっていた。
熱狂的なレッドスターファンである、セルヒオ・カシチェビッチ(26歳、弁護士)は隣国の躍進を好意的に受け止めていた。「スポーツの世界に政治的思想を持ち込むことはナンセンスと、歴史上の先人達が常々言ってきたことだ。元々1つの国の代表チームが、ワールドカップ出場を決めた。ましてや、ボシュニアク(ボスニア)にはセルビア人も半数近く住んでいる。喜ばない理由があるかい??」
また、ササ・ペシニッチ(26歳、サプリメント会社経営)は「今年のワールドカップ予選でも、セルビアで行われた試合ではクロアチア代表のサポーターは試合会場で応援することが許されなかったんだ。残念ながら、私達の国々ではまだまだ未解決の問題が残っている。今回のボシュニアクのワールドカップ出場が、民族間の隔たりを少しでも良い方向に導くためにキッカケとなればいいと願っている。そのためには、私達若い世代から世の中に訴えていく必要があるんだ」
セルヒオ・カシチェビッチは、セルビア代表チームについても言及した。「今のボシュニアクは攻撃陣にタレントを抱えている。セルビアは強固な守備陣が魅力だ。もし2つの国が1つなら・・・時々そんなことを考えるよ。ユーゴ圏の国は、個人個人の能力なら世界でも有数のものだ。ワールドカップや、国際大会でも優勝してもおかしくないレベルだと思うよ。でも、歴史を振り返ってみると自国のために戦うという民族意識が希薄だった。相次ぐ戦争で、正しい民族意識を持つことができなかった、と言ったほうが正しいかもしれない。だから勝者のメンタリティを持つことができなかたんだ。でも、今の若い世代の国民の意識は少しずつだけど変わりつつある。誰に何を言われようと、ワールドカップ本大会ではボシュニアクを応援するよ」
本大会では、ボスニア・ヘルツェゴビナは、アルゼンチン、イラン、ナイジェリア と同居するF組に入った。FIFAランキング3位のアルゼンチンを除けば、19位のボスニア・ヘルツェゴビナ、33位のイラン、37位のナイジェルアと混戦模様だ。(FIFAランクは2013年12月現在)。だが、エディン・ジェコ、ヴェダド・イビシェヴィッチ、ミラレム・ピャニッチら強力アタッカー陣に加え、3つの民族が団結し初のワールドカップ出場を決め、組織力が向上した現代表にとって、予選突破は決して夢物語ではないだろう。
根強く残る民族紛争の歴史は消えることはなく、異なる民族のサポーターが団結することは難しいと言わざるを得ない。しかし、“ワールドカップ初出場でベスト16出場”という吉報をブラジルの地から待ち望むセルビア国民は、決して少数派ではないのかもしれない。
(取材・文 栗田シメイ:Twiteer@Simei0829)